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2013年1月28日 (月)

散歩帰りに、高木神社と塩竃神社へ

とっても寒い狭山丘陵地方です。

夕べ、またsnowが降ったみたいです。今朝起きてびっくりですcoldsweats01

で、東大和公園探検の続き

公園口を出た私は、麓のバス通りへと坂道を下りていきました。通りの交差点脇に、西武バスの塩竃神社バス停を発見。

東村山駅や武蔵大和駅方面から来る場合、このバス停で下車すると便利そうですね。

交差点には、「安産のご祈祷は塩竃神社へ」と書かれた大きな看板があります。

安産にはご縁がないのですが、ちょっと立ち寄ってみました。

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▲鳥居の奥に見えるのが、高木神社

そしたら、なんと塩竃神社は、本社である高木神社の境内に祀られている境内社でした。

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▲塩竃神社は、高木神社の右側に小さく見えるお社

高木神社の方が本殿もご立派。

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▲かつて、村の名主の屋敷神だった塩竃神社

帰ってから調べたところ、ここの塩竃神社は、東大和市の前身、大和村の名主・尾崎金左衛門さんが、明治10(1878)年、宮城県の奥州一宮として名高い塩竃神社に参詣し、安産の護札をもらい受け、屋敷神として祀っていたものを、この境内に移したのだそうです。

医療制度が発達していなかったその昔、安産祈願は欠かせないものだったんですね。

大きな看板をたてるほどですから、霊験あらたかなのかもしれません。

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▲木彫り細工も見事な高木神社・拝殿

高木神社は、かつて高木村と称していたこの近在の鎮守様がお祭りされていた場所だったらしく、創建は定かではないものの、相当古くからある神社のようです。現在の拝殿は後世に再建されたものです。

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▲秋の大祭に獅子舞が奉納されていた高木神社

境内の碑文によれば、昭和32年頃まで、9月に行われる神社の大祭で獅子舞が奉納されていたようです。それが、昭和32年に一度途絶え、平成6年(1994)に復活したのだとか。

狐の先導で町内を練り歩いた後、神社の境内で獅子舞が奉納されるようです。

こうした伝統行事は、廃れてほしくないですよね。

一度、拝見したいなあと思いました。

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▲ひっそりと静かな境内

歴史的なことを付け加えると、東大和市の前身は大和町、その前は大和村。さらにその前は、高木村外五ヶ村連合村会といったようで、高木村に清水村、狭山村、奈良橋村、蔵敷村、芋窪村が加わり、村組合を結成していたとか。

1889年4月、町村制が施行され、大和村となったと歴史資料にありました。

争い事が絶えなかったこの6村が「大いに和して」ひとつになるようにと、大和村と命名されたそうな。

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▲神社の一画にあった案内板

歴史を調べるのは大変なことですが、こうやってひもといていくと、その場所がとても身近なものに感じられ、かつての村の暮らしがいきいきと蘇ってくるような気がします。

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だから、私、歴史って好き。

神社のすぐそばに、火の見櫓が立ってました。

さあて、次は、散歩に欠かせない食べ物にまつわる発見のお話。また見てね~smile

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