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文化・芸術

2013年6月 6日 (木)

gokke倶楽部「三上登」展に行ってきました

6月2日日曜日、横浜市大倉山にあるホームギャラリー「gokke倶楽部」で、「三上登展」を見てきました。

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「まずはお茶でも」と、もてなしの器で運ばれてきたのは、陶芸家・横溝多恵子さんの器に盛られた品のいいお菓子たち。クッキーは、昭和初期に発売されたロングセラー「花椿ビスケット」。資生堂パーラーの人気商品です。

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今回の展示は、2012年6月に急逝された日本画家・三上登さんの作品を中心に、gokke倶楽部主催者でもある横溝多恵子さんの陶芸作品も展示されていました。

ちょっと不思議な造形の器が、静かなギャラリーで異彩を放っています。

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階段の正面には、キツネの嫁入りを描いた、三上登作「おぼろ」の掛け軸が。

紙本をぬらした上から墨で描かれたという絵は、おぼろ月夜の闇夜の中で、粛々と繰り広げられる「きつねの嫁入り」を詩情豊かに描いた作品。

遠い昔、夢で出会ったような懐かしい情景が、そこにはありました。

四隅まで色を塗りこみ、余白がないこの絵を見て、表具屋さんは少し困ったような顔で、こう言ったそうです。

「この絵は、表具屋泣かせだねえ」と。

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圧巻だったのは、カラスを描いた屏風絵「愁声」。

死んでしまったカラスの周りに、知り合いのカラスたちが集まり、送別の儀式が執り行われているのでしょうか?

カラスといえば、不気味さを想起させますが、このカラスたちはとてもやさしげな目をしています。

きっと作者の心映えを映しているのでしょう。

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この絵が生まれるきっかけとなったのは、三上氏の奥さん、幸子さんが「死んだカラスがいるよ」と告げたひと言でした。そのとき三上氏は、そのカラスを家に持ってきてくれと懇願したそうです。しかし、さすがに屍体をあげるわけにはいかず、夜、二人でそのカラスを見に行ったそうです。

そうして、この屏風絵は生まれました。

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「游」と題された金魚の墨絵。ゆらゆらと揺れる水が少し金色に見えるのは、箔を貼った紙本(日本画を描く元になる紙のこと)を使っているからです。

金箔を貼った色紙を水で濡らし、その上から墨で描くことで、独特の揺らぎ、かすれ、にじみが生まれます。陽の光に照らされた水面がゆれ、表の緑が映り込んでいるのかもしれません。

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「梅雨の頃」と題されたこの日本画には、高価なプラチナが使われています。斜め横から見ると、そのプラチナが虹のようにきらきらと光輝きます。それが、三上氏が描いた雨。

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玄関に飾られていたのは、風に揺れるチューリップ。

ついこの間まで、庭先で揺れていたチューリップですが、季節はもう梅雨。露草の季節となりました。

gokke倶楽部の「三上登展」は、明日まで開催されています。

●gokke倶楽部

三上登 展 2013年6月1日(土)~7日(金) PM12:00~PM18:00

【住】横浜市港北区師岡町208 フロレスタ大倉山壱番館

【行き方】東急東横線 大倉山駅下車 出口1より徒歩16分(約1㎞)

【TEL】080-9400-8085

gokke倶楽部は、毎月第1土曜から一週間開催されます。

次回は、7月6日(土)~12日(金) PM12:00~PM18:00

 

 

2013年4月12日 (金)

「若冲、プライスコレクション講演会」に行ってきました①

 今、仙台市の「仙台市博物館」で、東日本大震災復興支援の特別展「若冲が来てくれました」が開催中です。

 先日、3月9日(土)には、東京・丸の内の丸ビルホールで、この特別展に所蔵品を提供した伊藤若冲の世界的コレクター、ジョー・D・プライス氏をお招きして、狩野博幸氏(同志社大学教授)、山下裕二氏(明治学院大学教授)ら3人による、「若冲、プライスコレクション~それぞれの若冲体験~」と題した講演会が開かれました。

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▲講演会が開かれた東京駅正面に聳え立つ丸ビル

 溯ること数週間前。新聞の片隅にこの講演会の記事をみつけ、ダメ元ではがきを1枚だけ送ったところ、運良くあたったのでした。ラッキー!!! wink

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▲講演会には美術愛好家が大勢詰めかけました

 美術の講演会って、途中で眠くなることもしばしばなのですが、この日は最初から最後まで、笑って頷いて驚いて、あっという間の2時間でした。good
 というのも、司会進行の山下先生の進行ぶりもざっくばらんで親しみやすかったですし、若冲ブームの火付け役、狩野先生も愛すべきキャラクターでお話もおもしろく、何より、研究者二人の間にちょこんと座って、終始ニコニコと話を聞いておられたプライスさんのお人柄に惹かれました。大富豪にして、日本美術の超有名コレクターなのに偉ぶったところはひとつもなく、まろやかなお人柄。三人三葉の豊かな個性が織りなす、笑いの絶えないひとときでした。

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▲この講演会を主催したのは、小学館・一ツ橋綜合財団でした

 ジョー・D・プライス氏がどのようにして若冲コレクターになったのか。
 それは、今から60年前の1953年、ジョーさん24歳のときに溯ります。
 フランク・ロイド・ライトのお供で、ニューヨークの古美術商「瀬尾商店」を訪れ、そのとき見せられた若冲の「葡萄図」を購入します。
 ジョーさんの父親、ハロルド・C・プライス氏は、石油パイプラインを敷設する際の特殊技術で財を成した大富豪。その父親の会社、H. C. Price Companyの新社屋を設計したのが、建築家・フランク・ロイド・ライトでした。
 プライスさんはそのとき、父親から大学を卒業したお祝いにと、ベンツのスポーツカー300SLを買う費用を持っていました。そして「瀬尾商店」で、伊藤若冲の「葡萄図」を含む日本美術に魅せられ、初めて日本画を買ったのです。

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▲開演前の壇上をパチリ

 そのときの様子を山下先生に促されたプライスさんは、語り始めます。
『なんといっても60年も前の話なので、正直よく覚えていないのですが、私はそのときその絵の価値がすぐれているとか、理屈で買ったわけではないのです。むしろ、情熱のおもむくまま……。買ったときは、誰の作品なのか、ましてやその絵が伊藤若冲の絵であることすら知りませんでした』。
『この「葡萄図」にあった「景和」という落款について購入先に問い合わせたところ、それが若冲の字(あざな)だと判り、あらためて、あの「葡萄図」は若冲だったのかと知ったのです。
 私が若冲を初めて買ったときの話は、私から母へと伝わり、母から妻(悦子さん)へと伝わり、多少ドラマチックになっています。
「葡萄図」を買ったという意識はありましたが、それが若冲だと判ったのは10年後の1963年のことでした』。

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▲小学館ではあらたに「日本美術全集」の刊行を開始。この発刊記念スペシャルトークセッションがこの講演会でした。美術全集にはプライスさんのコレクションを含む、若冲の絵も多数紹介されています

 そして1956年、プライスカンパニーの新庁舎が完成し、大学時代の建築学の恩師、ブルース・ゴフ氏にプライスさんが収集した日本画を見せたところ、ゴフ氏はプライスさんに日本画について話し始め、そのとき若冲の代表作の図録である「御物若冲動植綵絵精彩(ぎょぶつじゃくちゅうどうしょくさいえせいさい)」を見せたといいます。
 このブルース・ゴフ氏はフランク・ロイド・ライトのお弟子さん。プライス家にライトを紹介したのは、このゴフ氏だったのです。
 その後1962年、プライスさん33歳のとき、最愛の父親が亡くなります。傷心のプライスさんは船で旅に出ます。そして1963年、日本を初めて訪れ、ここからプライスさんの本格的な日本画収集が始まったのです。