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所沢・荒幡富士

2013年4月 3日 (水)

雨上がりの狭山丘陵 荒幡富士の森を歩く

大雨rain、大風typhoonがふく水曜日の狭山丘陵から。

この日も雨だった日曜日。縮こまった身体をのばそうと、所沢市荒幡富士の麓に広がる山の道を歩いた。

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森の木々は早くも若葉の季節を迎えていた。雨のしずくでいっそうみずみずしく見える。

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耳を澄ますと、鳴き始めたばかりのウグイスの声が、山に響き渡る。そして、すぐ近くで木をたたくコンコンコン…という音。コゲラだ。やっぱり森は気持ちいいなあ。

しんと静まった森の道を、落ち葉を踏みしめながら、犬を連れたおじいさんが歩いてくる。犬も静かに歩いていく。

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道の傍らには、夏に美しい花を咲かせたウバユリの殻がぶっきらぼうに立っている。英語でジャイアント・リリー、和名でウバユリ。

名前の由来はユリが咲き始めると、花の元の葉っぱが枯れて落ちてしまうことから、「姥」の「歯がなくなる」ことにかけて名付けられたそうな。そんな知識を、向こうから歩いて来たボランティアガイドさんに教えてもらった。

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可憐な花をつけていたこの木は、クロモジ。楊枝として使われる木だ。

荒幡富士の麓に広がる森は、まるで宝箱みたいだね。写真には写さなかったけど、このクロモジのすぐ下には、カタクリの花も咲いていた。

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これは、子供の頃よくおままごとで使った花。ウグイスカグラだ。葉っぱにたまった雨粒が今にもこぼれそうで、きれい。

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山の麓の茶畑のそばでは、桜が満開。曇った空に花の色がとけこんでしまって、きれいには写らなかったけれど゜、桜は森の女王。どこから見ても、華やかなその色は目にとまる。

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クマザサに覆われたこの森が好き。今にもふいに、何かが出てきそうで、わくわくするのだ。出てくるのは、コロボックルだけどね。

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「じじばば」めっけ。我が家ではこのシュンランを「じじばば」と言った。花の上の方がほおかぶりをしたばあちゃんで、下の白い花の部分がじいちゃんのヒゲだって言うんだけど、そんな風に見たことはなかった。

昔はこの山にいっぱい生えていた。それがいつしかなくなり、今こうして山が保護されたことで、再び森の林床を飾っている。

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荒幡富士の麓の浅間神社の脇には、ソメイヨシノの古木が今は盛りと咲き誇っていた。あいにくの雨で、満開というのに、その華やかさはない。

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雨で頭をたれた桜。アップにすると、やっぱりきれいだ。

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荒幡富士の山頂からは、春の絶景が眺められる。

麓の桜と西武園ゴルフ場の桜が重なって絵のような風景となる。

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この桜、今年はもう見納めかな。雨続きの狭山丘陵、桜の花がどんどん散っていく。

2013年1月14日 (月)

2013年、初雪です。

皆さん、おはようございます。

今、午前10時少し前ですが、狭山丘陵地方、雪が降ってきました。

昨日のあたたかさから一転。初雪です。

今日は成人式ですが、晴れ着に着飾った新成人の皆さん、美しい着物が汚れないようにご注意を。

成人式には、雪や雨が降ることが多いらしいですが、まさにそれが当たってしまいました。

今、仕事を始めたところですが、不思議です。

雨から雪に変わった途端、なんだか外がしーんと静かになってきました。

この雪の日の静けさが好き。

こんな日は、家の中でぬくまって好きな本など読みふけりたいものです。

いいですね、雪の日。

そんなことを書いていたら、

あっという間に雪は降り積もり、

狭山丘陵の森の中にある我が家の庭は、雪にうもれてしまいそうです。

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椿も、かつての愛犬の犬小屋も雪の中です。

2013年1月12日 (土)

所沢市荒幡富士の年明け

皆様、お久しぶりです。

ブログの更新がおろそかになっていました。でも、本日より再び始めます。

また、おつきあいくださいね。

まずは、所沢市の荒幡富士で撮った新春のヒトコマから。

何やら山の方からお囃子の音が聞こえると思ってカメラ片手に向かってみると、お正月らしくおかめの面をつけた女の子たちが、お囃子に合わせて躍っていました。

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華やいだ荒幡富士に、年明け早々心躍ります。

拝殿の前には御神酒をふるまうテントまで出ていました。

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華やいだ日本のお正月です。なんともいえないハレの日の心地よさ。

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今年も皆様に福の神が舞い降りますように……と、手を合わせます。

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そして今年最初の富士登山。西の山の上には、雪をかぶった本物の富士山が望めました。今年も平安な一年でありますように。

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そして、狭山公園までお散歩。ドーム球場の屋根が、狭山丘陵の緑の森に宇宙船のように浮かび上がっています。清々しい一日でした。

2012年8月 5日 (日)

西武園遊園地の打ち上げ花火がきれい!!!

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今日も狭山丘陵は半端なく暑い日でした。

それでも夕方から夜にかけては蒸し暑さは少し薄れ、心地よい風が吹いています。

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体力を消耗するここ数年の夏模様ですが、夏ならではの楽しみもあります。

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それが毎年8月の土日に開催される西武園遊園地の花火大会。

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夜8時から30分間、大玉を含めた打ち上げ花火が夜空を彩ります。これは、子供の頃からの恒例行事。

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子供時代は、毎週末のこの時間は、道に縁台を持ち出して、蚊取り線香を足下において、家族総出で花火を見たものでした。

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お風呂にも入って、夕飯も済ませて、夏なので夕涼みがてらの花火見物。

そのときは、祖父は浴衣、私たち子供も浴衣に着替えて団扇なんか持って、ぱたぱた仰ぎながら、大玉があがる度に歓声をあげたものでした。

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今考えると、風情がありましたね。

最近では花火を見に来る人たちもめっきり減ってしまいましたが、今日は久しぶりに花火を見ました。

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と言っても、写真を撮ったのですが。

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花火を撮るのは初めてなので、三脚を使ったのですが、余りうまくいかず、結局手持ちで撮ってしまいました。

三脚をもう少し練習しなければ。

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暑い日々が続きますが、夏の風情をどうぞお楽しみください。

2012年8月 2日 (木)

荒幡富士で、地域史に目覚めました。

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8月に入りました。

狭山丘陵は相変わらず暑い日々が続いています。

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今朝はよく晴れていたので、もしや霊峰富士が拝めるかと思って勢い込んで、荒幡富士を目指したのですが、残念、富士山は見えず!!!

その代わり、登山道の途中で愛らしいナデシコを見つけました。

さらに、新発見もあり、ちょっとわくわくしています。

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まずは、山頂にあった石の神社型石碑。

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表面の文字をよく読んでみると、それは、粂川(久米川のことか?)の石工・藤堂寅之助が作ったもので、荒幡富士の造営が完成した、明治32年4月に建てられたものでした。

いやー、100年以上も前の遺産です。

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さらに、合祀に関しても新発見。

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子供の頃から荒幡富士は遊び場のひとつだったので、山麓に数多くの石碑が建っているのは知っていました。

それらは、富士講に参加した人々がその記念に建立したものなのかと、勝手に思っていたのでしたが、違いました。

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今朝、石碑をよーく見たら、それらは、荒幡富士の麓に建つ浅間神社に合祀された、旧荒幡村にあった神社を記念する石碑だったのです。

上の写真の3つの石碑は、神明、氷川、三嶋神社の神々をたたえる石碑。

登山口の入口には、松尾神社を記念する石碑がありました。

こうして先人たちは、生きた証を形として残してきたのですね。

それを見逃しているのは、少し残念なことなのかもしれない。

地域史って、けっこうおもしろいと思うこの頃です。

2012年7月31日 (火)

荒幡富士は、こうして築かれた

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西武池袋線下山口駅から徒歩12分。狭山丘陵のシンボルともいえる荒幡富士の歴史をひもといてみました。調べていくと、神仏習合という日本人の宗教観を一新した、明治という時代が、荒幡富士を大きな富士塚へと変貌させた、その歴史が見えてきました。

所沢の旧荒幡村には、明治に入るまで浅間神社のほかに、三島、氷川、神明、松尾の5つの神社がありました。ところが、明治4年(1871年)、太政官布告によって、神官の世襲制が廃止されたり、神社を等級化すべくつくられた社格制度によって、ひとつの村にはひとつの社しかおいてはいけないという取り決めがなされたのです。

こうしたお上からの動きを受けて全国各地の神社は、変革を求められました。旧荒幡村も例外ではありませんでした。

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村が出した結論は、浅間神社を村社として残し、三島以下ほかの神社を、浅間神社に合祀しようというものでした。合祀とは、一緒にお祀りしようということです。こうして、浅間神社にほかの4つの神社が共にまつられることになったのです。というのも、村にひとつ残された神社は、「村社」として認められましたが、ほかの神社は「無格社」という一番格の低い神社に列せられたため、このままでは神社存亡の危機にあったのです。

全国津々浦々で明治期、無格社となり、廃されてしまった神社が数多くあったといいます。

幸いにも旧荒幡村では、合祀という方法でそれを逃れ、村民の統一と民心の安定を図るべく、明治14年(1881年)9月に、浅間久保(せんげんくぼ)にあった浅間神社を西ヶ谷松尾神社の地に移し、浅間久保にあった富士塚も一緒に移転することが決まったのです。そして、以前より大きな富士塚を築くことも決められました。

こうして、明治17年(1884年)、工事が始まり、村人は言うに及ばず、近隣の有志たちの力添えもあり、約15年の歳月のかけ、高さ10メートルの荒幡富士が完成したのです。
途中、明治27年(1894年)には、日清戦争なども起こりましたが、富士塚造営は粛々と続けられました。

そして明治32年(1899年)、ついに荒幡富士は完成しました。

霊峰富士をご神体と崇め、その身代わりとして築かれた富士塚でしたが、信仰とはかけ離れた存在になった今も、地域の人々の暮らしを見守り続けています。

2012年7月26日 (木)

所沢市、「荒幡富士市民の森」を早足で歩く

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今日も朝から暑いのですが、早足で歩いて来ました。

所沢市の荒幡富士市民の森を。

西武池袋線下山口駅から徒歩12分ぐらいで、森の入口に到着します。

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森といっても、ものの10分でぐるりと一周できるもので、たいしたことはないのですが、朝の気分転換にはもってこいです。

でも、暑かった~。やはり里山の森は、風が吹いていないと、じめじめして蒸し暑いですね。

昼間の森歩きは、おすすめしません。

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さて、森の入口から西広場へ。

どっちに行こうかなあと思ったのですが、やすらぎの森へ。このコースは、愛犬サブちゃんとよく歩いたコースです。

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里山の森には、以前の持ち主が植えた茶畑なども残っていて、お茶の実が大きく実っていました。

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途中のベンチも光がほどよく差していい感じです。

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森の西端にはあづまやもあります。

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階段を下りて東の森を歩いていると、虫取りの親子連れに遭遇。

そうです。この森にはクワガタやカブトムシがいっぱいいます。セミもじいじい勢いよく鳴いていますので、セミ取りもいいですね。

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東側の市民の森の下生えはクマザサ。森一面を覆い尽くしています。

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そして、森の中心にあるセンターへ到着。

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センターから東へ少し歩いたところに、荒幡富士があります。

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親子連れやシニアの方が気軽に歩ける森。

少し歩いただけなのに、汗が噴き出してきました。

でも、森の緑はいいですねえ。癒やされます。

2012年7月24日 (火)

狭山丘陵のシンボル、荒幡富士と富士講

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それは数週間前の7月1日のこと。荒幡富士の方から礼服に身を包んだ近所のおじさまたちが下りてくるじゃありませんか。

「あれ? 何かあったのですか?」と私。
「今日はね、富士山の山開き」。
「えっ! 本物の富士山と同じ???」。
「そうだよ、こっちも富士山だからさ(笑)」。

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まさか、荒幡富士で遭難なんてことはないでしょうが、静岡県の富士山同様、荒幡富士も7月1日に山開きしたというわけです。
とはいえ、こちらは高さ10メートル足らずの人工の山。
明治17年から15年もの歳月をかけて、誕生した築山なのです。

でも、なんで富士山?!

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それは、江戸時代に隆盛を極めた富士山信仰、「富士講」と深い関わりがあります。
「富士講」とは富士を崇め奉る一種の信仰宗教みたいなもので、昔の人がお伊勢参りに出掛けたように、富士山をご神体と崇め、講を組織して富士詣でに団体で出掛けたのです。
私の祖父も「富士講」に入っていました。
出発の朝、祖父は真っ白なふんどしをきりりとしめて、白いステテコをはいて、白の羽織をはおり、白足袋に白鉢巻き、手には金剛杖という勇ましい出で立ちで出発していきました。子供心に、おじいちゃん、カッコイイ!!! と思ったものです。

で、「六根清浄」とお題目を唱えながら、浅間神社にお参りしたり、富士山に登ったり、富士五湖の周りをまわったり、修行みたいな旅をしたのだそうです。

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関東一円には、荒幡富士のような「富士塚」と呼ばれる築山が数多く残っていますが、これは、実際の富士山の代わりに庶民が築いたもので、富士山に行けないときも人々はこの富士塚に詣で、築山をご神体と崇めたのです。その傍らには富士山同様、浅間神社が築かれました。そのご神体は、神話にも登場する木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)。

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ご神体ですから、荒幡富士でも年に4回、神事が行われます。1月1日の元旦祭、4月3日の春例大祭、7月1日の山開きと天王様、11月29日の秋大祭です。

へえ~、なんとなくは知っていたけど、調べてみるとおもしろいもんですねえ。
それにしても、じいちゃんにもっといろいろ聞いておけばよかったなあ。
でも、私が16歳のときに亡くなった人だから、聞いたとしても、覚えてなかったよねえ、きっと……。

2012年7月23日 (月)

荒幡富士にダッシュで登ってきました

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今日の狭山丘陵、晴れてきました。

なので、所沢市の荒幡富士に速攻登山してきました。

昨日とは打って変わって、写真もいい感じです。登った気になって、写真での登山をお楽しみください。

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浅間神社の脇の登り口から登山開始。

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1合目からすいすいと高度を稼いでいきます。

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富士山なので、一応、何合目かを示す道標もあります。あっという間に、5合目。早っ!!!

道はつづら折りです。

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山麓にはヤマユリや野の草がいっぱい生えていて、ちょっとした高山気分も味わえます。

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といっても、高さ10メートルなんですが。ちなみに、荒幡富士があるこの場所の標高は、海抜110メートル。

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下界を見ると、赤い社に市民の森の緑。いい風が吹いています。

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あれ~、子供たちが駆け込んできました。そうか、もう、夏休みなんですね。

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いよいよ、山頂に到着。山頂には祠があります。

360度の眺望が広がっています。実は、富士山も見られるんですが、あいにく、雲に隠れています。

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こちらは、北側の風景。所沢市小手指駅方面を望みます。ツインタワーのあるところが、小手指駅です。

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実は、この荒幡富士、南側から西側を、西武園ゴルフ場に囲まれています。

富士山周辺に民家はないんです。深い緑に囲まれています。

皆さん、リフレッシュできましたか?

荒幡富士については、次回も続きます、。乞うご期待!!!

2012年7月22日 (日)

小雨に煙る、朝の荒幡富士

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▲浅間神社の背後にそびえる荒幡富士

せっかくの日曜日なのに、天気がぱっとしませんね。でも、朝の空気を胸一杯吸いたくなって荒幡富士までお散歩に行きました。

私がブログで綴っているこの狭山丘陵は、東京都と埼玉県の境に広がる、首都圏に残された貴重な里山エリアです。

その規模は東西11㎞、南北4㎞。総面積3500ヘクタール。雑木林や谷戸と呼ばれる山から水が湧き出す谷間や田んぼ、農地といった自然と耕作地が複雑に組み合わさった、いわゆる里山を構成しています。

その地形はけっこう複雑で、起伏に富んでいます。

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▲ここが富士山への登り口

宮崎駿監督の名作『となりのトトロ』に描かれていた美しき田園地帯を思い浮かべて頂ければ、かつての狭山丘陵が如何にいきいきと美しかったか、想像できると思います。

私が子供の頃に見ていた狭山丘陵は、まさにあんな感じでした。

きれいだったなあ、ほんとに……。

だから、初めて『となりのトトロ』を見たときは、いたく感動してしまって、と同時に、ものすごい郷愁に襲われて胸が苦しくなりました。

宮崎さんが描いた風景は、かつては日本中に溢れていた里山の原風景です。

でも、それはまさしく、狭山丘陵の一部だったのです。

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▲富士山の麓では、ヤマユリが今は盛りと咲いています

私はその場所は、八国山緑地の北側にかつてあった大谷田んぼ辺りだったのではないのかと想像しています。

所沢市久米の西端、八国山の麓に広がっていた大谷田んぼは、昭和40年代にはなくなってしまいました。今、松が丘と呼ばれる瀟洒な住宅街へと宅地開発されたからです。

現在の八国山緑地の南側は東村山市ですが、その麓に広がっていた田んぼは、東村山市が地主から買い取り、北山公園と名を変え残りました。

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▲早朝は神社に参詣する人も多いのです

しかし、所沢市久米に広がっていた随一の田園地帯は、跡形もなくなってしまったのです。あるのは、それぞれの心に残る思い出の風景だけです。

近年は少しずつですが、開発を考える動きが、ここ狭山丘陵の森でも広がっています。

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▲所沢市荒幡の市民の森。緑が気持ちいい

所沢市では貴重な里山を守るべく、狭山丘陵に残る雑木林を大規模に買い上げ、「市民の森」として保存しています。

クヌギやコナラが茂り、野鳥や狸が住む雑木林を地権者から買い取り、“早稲田大学”や“公益財団法人トトロのふるさと基金”とも連携して、市民をその森に誘う試みも始まりました。

市民の森の一画には、私が朝、お散歩した「荒幡富士」があります。

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▲ビオトープなどを備えた「ふれあいの里センター」

さらに、“トトロのふるさと基金”のスタッフによって運営される、「狭山丘陵いきものふれあいの里センター」のような、自然観察を市民に手ほどきする施設などもつくられ、センターの教室で講習会なども開かれているようです。

しかし、私はもっぱら雑木林を歩き、写真を撮ることに専念しています。

だって建物の中より、森の中の方が数倍気持ちよいし、刺激に富んでいるでしょう。

だから、せっせと森歩き。気持ちいいですよ。緑の下は!!!