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千葉・散歩

2013年4月 2日 (火)

市川市東山魁夷記念館で、名画を鑑賞

下総中山にある法華経寺のすぐそばに、日本画家・東山魁夷画伯(1908-1999)の美術館、「市川市東山魁夷記念館」があります。

「すぐ近くだから、帰りに寄っていこうね」とSちゃんに誘われ、行ってみることに。

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東山魁夷さんの日本画は、画集を買うほど好きで、画伯が唐招提寺御影堂の障壁画の制作を開始した頃、テレビでその様子が放映されると、食い入るように見ていたことを思い出しました。

しかし東山魁夷さんが、市川にお住まいだったとは気がつきませんでした。

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氏の日本画からは想像もつかない記念館の外観。それは、東山魁夷という風景画家に多大な影響を残した、ドイツに想を得て建てられ、2005年11月に開館しました。

東京美術学校(現・東京芸術大学)を卒業した東山新吉は、昭和6年から結城素明氏に師事し、雅号を魁夷と名乗ります。

そして昭和8年(1933年)、ヨーロッパ美術を研究するため、貨物船で渡欧。ベルリン大学で語学を学びながら、ドイツ国内の美術館を巡り、イタリア、スイス、イギリス、フランスへと旅します。さらに翌昭和9年(1934年)には、第一回日独文化交換学生に選ばれ、ベルリン大学哲学科美術史部に入学し、美術史や美術理論を学びます。しかし、翌10年(1935年)、父危篤の報を得て、留学期間1年を残して帰国。

以来、東山魁夷にとってドイツは、画業にまた人生に、多くの影響を及ぼす国となったのです。ドイツにはその後も度々訪問されています。

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この八角形の塔の中に記念館があります。館内の撮影は不可。

一階のギャラリーには、東山魁夷画伯の生涯を説明したパネルや北欧を旅したときのスケッチ、ヨーロッパの花売りを描いた作品などが飾られ、画伯の生涯がたどれます。

2階が、氏の作品を展示したギャラリー。原画である日本画の展示は少なく、そのほとんどがリトグラフなど版画作品になっています。

もちろん東山魁夷氏は、日本画の画家ですが、日本画の性質上、原画は1点しかないため、画家本人や関係者の承諾を得た上で、作品はリトグラフなどの版画となって残されています。ここでは、それら版画作品で氏の絵画を鑑賞できます。

なかでも必見は、東山魁夷の風景画の転機となった作品、「残照」でしょう。

昭和22年(1947年)、魁夷39歳のときに第三回日展に出品され、特選となって政府買い上げとなった作品です。

千葉県鹿能山に登り、夕陽に染まる九十九谷の山並みとその向こうに甲州や上越の山々の風景を重ね合わせた心象風景。風景画ではありますが、東山魁夷が「風景開眼」した作品と言われています。

「風景開眼」とは氏の言葉です。

画伯は書きます。

「ここへ私は偶然に来たとも云える。それが宿命であったとも考えられる。足もとの冬の草、私の背後にある葉の落ちた樹木、私の前にはてしなくひろがる山と谷の重なり、この私を包む天地のすべての存在は、この瞬間、私と同じ運命にある。静かにお互いの存在を肯定し合いつつ無常の中に生きている。簫条(しょうじょう)とした風景、寂漠(じゃくばく)とした自己。しかし、私はようやく充実したものを心に深く感じ得た」。

以来、東山魁夷氏の日本画の主題となったのは、「大自然と共に在ることの悦びを謳うこと」。しかし、その「大自然の姿は、美しければ美しいほど、悲哀に彩られていく」のです。

静謐でしんと静まりかえった絵を見ていると、いつしかその絵の中に引き込まれ、静かな気配に満たされていきます。少しばかりの悲しみを感じながら……。

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記念館のすぐ隣には、東山画伯が昭和20年(1945年)から亡くなる平成11年(1999年)までお住まいになった、ご自宅があります。

修行僧のように絵に没頭し、晩年、唐招提寺御影堂に障壁画を残された氏の人となりを表わすかのように、簡素な外観のご自宅です。このご自宅から数々の名画が誕生したのですね。

●市川市東山魁夷記念館

【住】市川市中山1丁目16番2号

【tel】047-333-2011

【開】10:00~17:00 【休】月曜日

【料】500円 無料でイヤホン解説が借りられます

ギャラリー内には上野精養軒直営のレストランカフェ、画伯の作品集や絵はがきなどを販売する売店、小さな庭園などもあります

2013年3月28日 (木)

桜求めて下総中山へ

3月20日、陶芸教室の恩師 「桂田ひろみ さくら酒器展」を見に、下総中山へ。

ギャラリーに立ち寄る前に、法華経の古刹、「大本山 法華経寺」を参詣しました。花曇りcloudの寒空typhoonでしたが、広々とした寺院内は花見客cherryblossomでいっぱい。すばらしい寺院建築にも感動したひとときでした。

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下総中山駅から参道を北へと歩きます。門前町の風情漂う町に心うきうきです。lovely

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正面の門が法華経寺ですが、中山参道の道沿いには出店やおいしいもの屋さん、老舗の花屋さんなどが並び、そぞろ歩きも楽しめました。

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中山参道門をくぐって寺院の参道へ。

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参道沿いは桜並木になってました。3月20日時点では、桜はまだ咲き始めたばかり。きっと今頃は満開を過ぎた頃でしょうか。みんなcameraで桜cherryblossomを撮ってました。

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ソメイヨシノのピンク色はやさしい色合いですね。

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何ざくらでしょうか? 桜と一口にいってもいろいろな花があって、目移りします。

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こちらは、やさしげな桃色の桜。

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花より団子の私は、参道沿いの出店に激しく引き寄せられます。lovely

そして、見つけちゃいました。中山の名物「きぬかつぎ」。私もこのお芋大好きです。我が家では、きぬかつぎはお味噌をつけて食べるのが慣例でした。懐かしいなあ……。

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広々とした境内には五重塔や露地にお座りの大仏さまがいらっしゃいます。

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まずは、祖師堂にお参り。「災厄が起こりませんように、平和な毎日が続きますように…」。think

市川にある「大本山 法華経寺」は、鎌倉時代の高僧、日蓮聖人が最初にひらいたお寺です。日蓮さんは生涯で4つの大きな法難に遭われたと言われていますが、中山の領主・太田乗明公は、日蓮聖人にお寺を開くことをお願いしました。

日蓮さんはここで百日百座の説法御弘通の後、自ら釈迦牟尼仏を安置し、開堂入仏の式をあげられたそうです。

今では関東を代表する日蓮宗のお寺となりました。

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一隅には、露地に座られた大仏さまがいらっしやいます。このままでは余りにもお労しいと、大仏殿建立のご寄進dollarが進められています。

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祖師堂裏手の山の中には、ストゥーパのような「聖教殿」があります。

ここには、日蓮聖人のご真筆である「観心本尊抄」や「立正安国論」をはじめとする、寺に伝わる重要文化財がおさめられています。

余りに素晴らしい伽藍だったので、途中で写真を取り損ねましたが、法華経寺で必見は、「鬼子母神堂(きしぼじんどう)」でしょう。

日蓮さんは、文永元年(1264年)11月11日、43歳のとき、房州小松原で地頭・東条影信の一軍に襲撃され、眉間を切る大けがをしました。そのとき、意識が朦朧とするなか、鬼子母神が現われ、命を救われたと言われているのです。

鬼子母神の霊験に深く心をとめられた日蓮聖人は、中山の地に戻られ、自ら鬼子母神像を彫り上げ、開眼させ、お祀りしたのです。

それ以来、日蓮に帰依する全国の信徒から、中山の鬼子母神として慕われ、信仰をあつめています。

鬼子母神堂は、参詣者の休憩スポットとしても使われる本院・大客殿の奥にあります。

鬼子母神堂内へ入れるのはご祈祷を受けられる方のみですが、素晴らしい日本画の板絵でぐるりと囲まれた堂内の荘厳さは一見の価値があります。ぜひ、訪れてくださいね。happy01

大本山 法華経寺

【住】千葉県市川市中山2-10-1

【tel】047-334-3433

【行き方】総武線・下総中山駅から徒歩10分